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2016年6月25日土曜日

ガーリックカルビ炒飯と杏のコンポート

朝食は、ガーリックカルビ炒飯、ズッキーニのマリネ、白菜とキャベツの浅漬け風サラダ、漬物。

炒飯というより焼き飯。
昔、駒沢通り沿いにあった焼き肉屋(今はない)の焼き飯を真似てみた。
とはいえ、もう味は忘れちゃって見た目だけ。

ニンニクは今月中旬大白ごま油に漬けておいたものを使用。引き蘢っているので朝からニンニク食べちゃう。



杏を煮ました。大好きというほどでもないし、そこそこ値が張るし、そんなだからたまにしか煮ないんだけど、どうして保存瓶が出払っている時に作りたくなるかなあ。久しぶりに煮たら加減を忘れて1割程度が皮が破けた。。再チャレンジ!…やめておこう。もう消費し切れない。
ご覧の通り、右下のように皮が破けちゃった。
来週でも冷凍庫にあるタルト生地を使ってタルトにしよう。

今回、鍋は保温性が高いといわれているビタクラフトを使用し、沸騰から5分煮て、フタをして15分余熱調理。次回は沸騰したらすぐに火を止めて余熱だけでやってみよう。





今日の音楽:大江千里。結構好きだった。ライブも2回ぐらい行ったかなー。じゃなくて、最近の曲も聴こう。これからすぐ検索だ!


2015年3月9日月曜日

懐古ドライカレー

夫から「ドライカレーが食べたい」とのリクエスト。彼が言うのは、きっと昭和の喫茶店的なドライカレー。「任せておけ」何も考えずに作ったけれど、、、

せめて食器は昭和で。夫が一人暮らしの際に実家から持たされた品。
ザックリ30年前だけど、それでも昭和末期なんだよなあ。

作り終えてから冷静に皿を見つめれば、これは似て非なるもの。いや、外見からぜんぜん違う。エビなんて絶対に入ってなかったし、野菜はミックスベジタブル、そんな感じだったはず。隠し味にソースとケチャップを少々、なんてこともしなかったはず。カレー粉の粉っぽさが残るパサついた味。きっと今、店で出されたらもう「こりゃないぜ」とか思う味。でも夫からは「こうしたほうがいい」的なコメントはなく、モリモリ食べてくれたからよしとしよう。我が家のドライカレーはこれで。


汁物はもちろんカップに入ったコンソメスープ。こちらは割と正確に再現。
固形コンソメを湯で薄めに溶いて塩胡椒で調整。
昭和のラーメン屋の炒飯についてくるスープ同様、このチープな味が好き。



本日の爆音:今日は予定を調整して一日眠り続ける。どうにも起きていられない。19時過ぎに起き上がり、フラワーカンパニーズを聴きつつこれから夕食の支度。でもまだ眠たい。いくらでも眠れる。明日は渋谷方面へ外出。


2014年7月10日木曜日

チェリー!チェリー!

先月のことですがアメリカンチェリーを煮ました。今回は冷蔵庫で中途半端に残っていた赤ワインもドボドボ。ワインをいれたためか、ヨーグルトよりフレッシュチーズと合わせたほうが美味しかったです。まだまだあるから久しぶりにロールケーキにでもしようかな〜。



今回は1kgを煮ました。砂糖500g、レモン1個分の果汁。赤ワインは残り物なのでテキトー。種抜きはドイツのWESTMARKのもの。それまでの苦労が何だったのか!と思うほどアッという間に種抜き完了。ただ、このタイプは果汁が割と激しく飛び散るのが難点。飛び散り防止カバーがついた物も多くでているようですが、壊れるまで使う。



さてこちらを煮ている時に事件発生。火にかけた鍋を移動させようと片手で持ったのですが、総重量が2kg超。そして私は握力が弱い上、貧血気味でボーッとしていた。気づいたら、鍋を落とすまいともう片方の手で鍋底を掴んでいた。結果、右手の第一関節からたなごころまで火傷。長いこと主婦業をやってますが、こんなことはじめて。まぁツラの皮と同様に分厚くなった手のひら。思ったほど重傷にはならず済んだのが不幸中の幸い。



そして山形の姉から届いたさくらんぼ。
味も肉質も繊細!たくさんもらうけど、これだけは煮たりしない。



さくらんぼ。チェリー。これほど愛らしい姿の果物はないよなぁ、なんて思う。
子供の頃、「さくらんぼのヘタを口のなかで結べる人はキスが上手」という話を聞いて一生懸命練習したなー。もっとも「私にキスなどできる日がくるのか?」というリアリティが出てきた頃、切なさと絶望感からやめた。夫にその話をしたら「映画ツインピークスで売春宿の採用試験がソレだったよ」「そんな可愛い話ではない」と。なるほど。大人の世界でございます。

2014年3月25日火曜日

春の食べ物

春の食べ物が一番好きかもしれない。

柔らかい春の蕪やキャベツは生のままで。これからの時期、苺とグレープフルーツを毎日山ほど食べる。ほろ苦い菜の花や山菜。山菜は天ぷらも美味しいけど、味噌汁にするのも好き。子供の頃、採れたての筍の味噌汁の美味しさにびっくりしたっけ。一度やってみたいのが、青竹に米を詰めて焚き火に放り込んで炊くごはん。忘れちゃいけない、絹さや、空豆、グリーンピース。真鯛や貝もおいしい。あー、北寄貝食べたい。


でも一番好きなのは「ねかぶ」。

「めかぶ」と呼ばれている場合が多いけど、実家では「ねかぶ」。これを冷や汁のようにして食べる。

茹でるのが一般的だけど、実家では網焼きにした。茹でるより香ばしいのだとか。焼いたねかぶを細かく叩き、味噌の出汁に入れてキンキンに冷やす。そしてごはんにかけて食べる!


このどうってことない食べ物が、いつの頃からか大好物となった。2月から出回るこれを叩いた状態で冷凍し、大量ストック。初夏の頃まで食べ続ける。最後の晩餐は何がいい?と訊かれれば、これかもしれないなぁ。


ところで、私の自己紹介欄の「じる」は、汁のじる。そう、ねかぶ汁の「じる」なのでした。

2014年2月27日木曜日

くじら三昧——昭和の給食風と鯨汁

先日行った築地の「鯨の登美粋」さんで鯨肉を購入しました。

まずは昭和の給食風。
甘辛いというか、甘塩っぱくて、白ごまがかかったやつ。


揚げたては柔らかく鯨の味と香りがよくわかります。おいしいー。でもこれじゃない。
常温まで放置してから食べたら(多分)給食風になりました。あの噛み切れない感じ。

作り方は、鯨を酒と生姜で軽く下味をつけ、片栗粉をまぶして揚げる。タレを少量フライパンにとり、揚げた鯨をポンポンと放り込んで水分がなくなるまで炒り付けました。タレはこのレシピの唐辛子を抜いたもの。若干みりんの分量を多めにしました。


こちらは鯨汁。
色々な地方で食べられているようですが、私のは母の出身地である函館風。今回は味噌ではなく、醤油味。けんちん汁っぽい感じ。


お正月はこれを家で一番大きな鍋に作っていました。作り立てよりグダグダになりかけた頃がおいしい。たまに焼いたお餅を入れてお雑煮風にしたり。


作り方は、塩鯨を1.5~2mmの短冊に切ってから熱湯で湯引きを2~3回。塩鯨は物凄く脂があるので、野菜は炒めずに作ります。あとはけんちん汁の作り方と同じ。それでも脂の効果で火傷しそうなほど熱い。具はそれぞれの家庭で違い、私の実家では、塩鯨、大根、にんじん、蕗、わらび、ぜんまい、細竹(実家ではササタケと呼んでいました)、木綿豆腐。


鯨汁の一番のポイントはやはり鯨の質。でもその見極めが難しい。今回の塩鯨は当たり!脂が少なめで、ゴムゴムしいところ(名称は何だろう?)が多かった!実家では山菜も塩漬けを戻して作っていましたが、今回は残念ながら蕗以外は水煮を使用。母が作っていた鯨汁には遠く及ばないけど、それでも懐かしい味でした。次回は年末に作ろうと思います。

2012年12月9日日曜日

味ごはん

夫の実家風、炊き込みごはん。呼び名は「味ごはん」。




夫の食べ方を見るともみ海苔は必須らしい。私は甘い卵焼きが必須。共通の必須アイテムは漬物。それから食後に濃く入れた緑茶ね!

今日の具は、鶏肉、ごぼう、にんじん、干し椎茸。材料をごま油で炒め、出汁は干し椎茸。うるち米と餅米を半々。おにぎりにしてもおいしいです。


結婚当初、この味ごはんが口にあいませんでした。干し椎茸の出汁が強烈で、しっかり煮込んだ具も甘辛くて味が濃い。私の実家は昆布出汁で味付けもごく薄味。ごま油も中華や韓国料理以外は使わなかった。でも最近は「おいしいー」と思う。私は私の実家の味が一番!これに変わりはないけれど、比べるモンじゃないし。これからもバンバン夫の実家の味を作ろうと思います。

2012年12月1日土曜日

暴走族の親子丼

今朝は久しぶりに親子丼。
親子丼を食べていると思い出すのは、高校時代に皿洗いのバイトしていた飲食店のこと。
そこは普通の飲食店だったが、私以外のバイトは全員暴走族という「何かがないわけがない」というドラマに満ち溢れた職場だった。




「よくそんなところで働く気になったね」と言われた。
私の通っていた学校の校則は厳しく、目立つウエイトレスなど論外。
通勤時間や勤務時間、これに目立たない職種を加えると選択肢は極限られていた。

「そんな環境でよくグレなかったね」とも言われた。
それはヤンキーのセンスにある。
当時、テクノに夢中だった若い娘にあのセンスは突っ込みどころ満載過ぎ。

彼らもまた私を仲間に引き入れようとはしなかった。
「俺らみたいなのとつるんじゃダメだよ」
「女の子はさぁ――」
彼らの語る理想の女性像はピンクでフワフワ。

ピンクやフワフワとは無縁の私にも彼らは紳士的で優しかった。
重い荷物を持とうとすると「こんなの持っちゃダメ」なんて言いながら代わってくれる。
水仕事で荒れた手を見ると「こんなになって」とハンドクリームを持ってきてくれる。
仕事への態度も極めて真面目で競うように働いていた。

「暴走族に入るような人たちって、気のいい働き者ばかりなんだなぁ」
是非とも娘の婿にしたい、ぐらいな好感度を持ちはじめた頃に事件は起きた。


それは休日のランチタイムから閉店までの「通し」の時のこと。
客足が途絶え、夜の仕込みにも間がある3時過ぎぐらいだったろうか。それぞれがお茶を飲み、おしゃべりなんかをする束の間の休憩時間。私は皿を洗い続ける前屈みの姿勢を伸ばしたくて、大抵は麦茶片手に厨房から外に出ていた。

その日もそんな休憩をとっていたところにニワトリがやってきた。トットットッ。赤いトサカに白いボディ。すぐにほかのバイトのコたちも気付き、視界は遮られた。
「どうしてこんなところに?」「まぁいいや」、確かそんなことを思い、麦茶を飲んだりしていたように思う。

どのぐらい時間が経ったのか、急に騒がしくなった方向を見ると、目に飛び込んできたのは、首のないニワトリが数歩進んでバッタリ倒れた姿だった。

ギャアアアアアア!!!
全身の毛穴がグワッと開き、髪の毛までもが逆立つ感じがしたのはあれが初めてだ。
あまりの衝撃にその後の詳細な記憶はない。

その夜のまかないは、当然のごとく親子丼。
隣で食べていた眉ナシの怖い顔が私に笑いかけた。
「肉、ちょっとかたいっスね」だって。

もちろん親子丼は完食し、もちろんバイトも3年間続けました。